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おおいた法曹界見聞録(弁護士河野聡の意見)
   「忙殺される法曹界 市民の後押しで良い関係を」
 
ガンバレ! 法曹界
 
この連載では、法曹界や、それを取り巻く組織の問題点などについていろいろと書いてきた。反響はさまざまあり、「あれは書きすぎだ」とか、「実体を分かっていない」などという批判も受けたが、反発は覚悟の上で書いていたので、あまり気にしていない。それよりも法曹界の問題点ばかり指摘してきたので、読者から、法曹界というのはどうしようもないところだと思われてしまったら心外だ。
 
法曹界は、政界や経済界などに比べればはるかに潔癖で、純粋な政界であり、市民にとっては信頼に値する世界である。ただ、権威主義が支配し、市民感覚との乖離がはなはだしいことが問題なのだ。
 
だから私は、法曹界がもっと市民感覚を身につけ、市民に親しみやすい、利用しやすいものになってほしいという願いから、さまざまな問題点を取り上げてきたのであり、同時に、市民がこれまで縁のなかった法曹界の裏側を知ることによって、法曹三者を上手に活用してくれることを期待したのである。
忙殺される法曹界 市民の後押しで良い関係を
今回は、誤解を解く意味から、法曹三者の良い点も取り上げつつ、法曹各界が市民のニーズに応えきれない原因となっている「忙しさ」の問題について触れたい。
 

裁判所について
 
ほとんどの裁判官は、一つひとつの事件を丁寧に審理し、当事者に対しても親切に接している。書記官も、都会の裁判所では事務的で冷たい対応をする人も多いが、大分では市民の相談にも優しく答えている。
 
市民のニーズに応えきれない場合があるとすれば、その原因は「忙しさ」だ。裁判所の予算は少なく、裁判官や書記官の人数は十分に増えていない。事件が増えたり、今度の新民事訴訟法の施行のような負担増となる出来事があると、丁寧に審理したり、市民の相談をじっくり聞いたりする余裕がなくなる。
 
一例を挙げると、以前は、破産申し立てをしたいが弁護士に相談する費用がないという人にも、書記官が一人ひとり丁寧に事情を聞いて申し立ての仕方を教えていたが、最近では破産申し立て件数の激増で、事務に忙殺され、市民の相談を冷たくあしらうことがままある。どんなに誠実な裁判官でも、事件がたくさん滞留すれば、じっくり真実を見極めるような審理はできなくなるものだ。
 
裁判所は、権利義務を確定する重要な国家機関である。市民としては、裁判所に十分な機能を発揮してもらうために、裁判所が「行財政改革」とは無関係な機関であることを理解して、国に対して裁判官や書記官の増員を求めるべきである。
 
道路や橋を作る予算も大切だが、権利を守る予算の方がより大切だということを、市民は認識する必要がある。
 
検察庁について
 
検察庁もまた人材が不足している。最近の大規模な刑事事件の続発や、法務行政重視の人事の影響もあって、地方の検察庁に配属される検事の人数は、ここ10年でかなり減っている。大分地検でも、10数年前に9人いた検事が現在では6人である。
 
ひと頃に比べると、修習生の中に検事志望の人も増えたようだが、いかんせん退職者が多いため、地方に人材をさけないのである。だから、どうしても日々警察から送られてくる、窃盗事件や傷害事件の処理に忙殺される毎日となってしまう。
 
検事は本来、自分で捜査をして事件を掘り起こすこともできるし、権力犯罪や知能犯など、警察では手が出ない分野を自ら扱うことが期待されている。しかし、そのような機能を発揮しているのは、東京地検特捜部のような専門部が設けられている都会だけである。
 
大分では、警察が取り上げた町村の首長レベルの汚職については捜査するが、もっと強大な権力犯罪について、検察庁が自ら捜査をすることはない。県庁の組織ぐるみのカラ飲食、カラ出張についても、あまり大々的にやられ過ぎたからか、いまだに刑事事件として取り上げられていない。これでは、「みんなで渡れば怖くない」の論理が通用することになってしまい、市民の遵法精神は薄れてしまうだろう。
 
市民としては、検察庁が地方の権力犯罪や悪質な知能犯の事件を自ら捜査できるように、地方を軽視しない人事配置を求める必要がある。検察庁にどんどん告訴、告発をして、いやでも人員増加が必要な状況に追い込むのも一手である。
 
弁護士について
 
全国的に見ると、人権問題や環境問題に取り組む弁護士の数は格段に増え、その分野で新たな立法がなされるような場合には、常に日弁連が市民の立場に立って意見を述べるなど、重要な役割を果たしている。しかし、社会の複雑化が急速に進み、一件一件の事件処理に要する手間は増え、集団被害事件の頻発などもあって、個々の弁護士は忙しくなっている。以前に比べて相談料や手数料は上がっておらず、数年前の報酬基準の改定では着手金の額が引き下げられるなど、料金形態の面では市民にとって身近になったのだが、そのため経営的には多くの事件を処理せざるを得ないことになり、忙しさが増加した。
 
ここ数年、司法試験の合格者は増えているが、弁護士の増加が地方まで波及するには、かなりの年月を要する。そのため地方では、人権問題に関心があって何らかの人権訴訟に関わっている弁護士はたくさんいるが、人権訴訟は真剣に関われば関わるほど、多大な時間を取られるので、大分でも新たな人権問題が生じた時に、直ちに駆けつけられる弁護士はほとんどいないのが現状だ。
 
このような状態は、市民にとっては大変困ったことである。市民としては、人権問題に取り組む弁護士が少しでも多くなるように、新たな問題が起きたら、新たに弁護士を発掘する必要がある。それには、まず若手で、まだ自分のライフワークを見つけ出していない弁護士に依頼してもらうのもひとつの方法だ。また、長期的には、少しでも多くの司法修習生が大分で弁護士を開業するように、日弁連に取り組みを求めることも考えられる。
 
 
法曹三者がもっと連携を
 
このように法曹三者は、いずれも忙しくてアップアップしている。この状況を打開するためには、市民に「法曹」それ自体の存在意義を認めてもらい、市民の後押しのもとで、もっと多くの人材が法曹界に入ってくるように、各方面に働きかける必要がある。
 
他方、法曹三者がお互いに信頼関係を持って、同じ法曹という意識で連帯することも必要だ。現在は、裁判所、検察庁、弁護士会がそれぞれ不信感を持ち、互いを批判し合っている面が多いが、そんなことでは三者共倒れになってしまうだろう。
 
法曹三者が市民に支えられて共に発展していくことを期待している。
 
ガンバレ! 法曹界!!
 
掲載 : 月刊おいたん 1998.07
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弁護士法人 おおいた市民総合法律事務所